島田ひふ科 島田 辰彦

島田 辰彦
 
島田 辰彦 島田 辰彦 島田 辰彦 島田 辰彦 島田 辰彦

インタビュー

icon健やかな肌で明るく快適な毎日を
弁舌さわやか、親しみ深い表情で、詳しく丁寧な説明。さすがは皮膚科専門医。まさに 「 痒いところに手の届く 」 話しぶりが印象深い。
1899 ( 明治29 ) 年に曾祖父が開業して以来、4代目となる医業の家柄、ラ・サール学園から鹿児島大学医学部、米国デトロイト市ウェイン州立大学への留学、鹿児島大学医学部附属病院勤務を経て1999 ( 平成11 ) 年に鹿児島市宇宿に島田ひふ科を開設という経歴から、若干の近寄りがたさを感じながら臨んだインタビューだったが、その心配は冒頭から払拭された。ソフトでフレンドリーなイメージに、講演などの依頼がひきも切らない理由がうなずける。

島田ひふ科は、県内でもいち早くアルファヒドロキシ酸 ( AHA ) や、サリチル酸などの薬剤を皮膚の表面に塗布し、新陳代謝の悪くなった角質層を剥がす治療法 「 ケミカルピーリング ( chemical peeling ) 」 を導入。年間800回程の治療実績を誇る。また、パルスライトという波長の光が集合したものを利用した医療機器 「 クロモライト 」 を駆使して、コラーゲンを生成する繊維芽細胞を活性化させ、毛穴の開きや肌質を改善する治療など、鹿児島における皮膚科医療の最先端を奔 ( はし ) り続けている。その活力の源は、 「 若いころ、ニキビで悩んだ時期があるから 」 と教えてくれた。 「 ニキビは皮膚病の一種であるという認識が諸外国と比べて低い 」 と島田さんは言う。 「 受診してくれれば、解決してあげられる場合も多いのに 」 と、自らの青春時代を顧みるように遠くへ目を投げた。

専門的な話を根気よく、分かりやすく話してくれる。
「 春になって気温が上がると湿度も上がると思い込んでいる人が多い 」 と島田さんは言う。そこで 「 火災予防週間は春でしょう?一年でいちばん火災が多いのは3月。次が4月です。気象庁の観測記録史上最低の湿度記録は1987年4月27日の3%。鹿児島なんです。だから洗濯物が良く乾くでしょう?ということは、乾燥しているということです。だから、お肌のために保湿が必要なんです 」 と、どこまでも分かりやすい。
島田さんは 「 分かると楽しいでしょう?楽しいとモチベーションも上がり、いろんなことが出来るようになります 」 「 難しいことを難しく教えることは誰にでも出来る。それを分かりやすく、正確に伝えることが自分の使命だ 」 と話す。

近年、日本臨床皮膚科医会の学校保健部会副委員長として、学校生活における紫外線対策にも取り組んできた。20012年5月にはその報告書もまとまる。 「 紫外線を浴び、日焼けすると疲れやすくなる。トップアスリートたちは肌の管理も欠かさない 」 という。また、 「 ロンドンオリンピックの競泳は屋外。選手たちの紫外線対策にも注目したい 」 と、興味深い話も飛び出した。

島田さんの信条は 「 明るく、前向きに生きる 」 こと。 「 不機嫌な人には不満がある不満があるのは不安があるから。だったら不安のない、上機嫌な毎日を送ろう。いま、この時を最大限に楽しんで生きることこそが人間として大切なことなのでは 」 と語る。開催回数84回を数える鹿児島の皮膚科開業医の集まり ( 会員数19名 ) である 「 ひふみ会 」 を主宰。 「 情報交換などを通じて技術力の向上を図り、鹿児島の皮膚科全体のレベルアップにつながれば 」 と世話役としての意気込みは高い。
葉巻とショットバーでのモルトウイスキー、そして山口瞳の描く 「 大人の世界 」 をこよなく愛する 「 お肌のプロフェッショナル 」 は、今朝も5時に起床し、読書と散歩を嗜 ( たしな ) んでいる。

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