有限会社中山亭 中山 高司

中山 高司
 
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インタビュー

icon長島黒牛を知ってもらい食べていただくために
鹿児島県北西部に浮かぶ長島の地で 「 牛飼 」 中山高司さんが手塩を掛けて育てた長島黒牛が食べられる場所が鹿児島市内にある。
鹿児島中央駅近くに中山さんが本当にたくさんの人達に食べてもらいたい、知ってもらいたい一心で2004年5月にオープンさせた中山亭 ( ちゅうざんてい ) では1階で焼肉、2階では焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶを味わうことができる。代表取締役を務める中山さんは自分の事を社長とは呼ばず、 「 牛飼 ( うしかい ) 」と呼ぶ。
私は牛の事しか知らないんです。だから牛飼いです 」 と話す言葉は一片の曇りもない。

中山さんは農業高校を卒業後、日本大学農獣医学部畜産学科を出て、長島に戻ってきて牛を育てていた父親の手伝いをした。中山さんの父親はとても厳しい人で言葉では仕事を教えてくれなかったが、背中を見て仕事を覚えていった。
中山さんが28歳になった時、父親は家業を継がせるのではなく中山さんを独立させた。
父親から1反ちょっとの場所を借り80頭の牛を自分で育てた。
「 お金はなかったが牛が大好きだから仕事が楽しくてしょうがなかった 」 と笑顔で当時を話す。牛を育てる仕事は夜になると牛小屋を毎晩見回りに行かないといけない。牛はひっくり返ってしまうと自分の力で起き上がれなくなりお腹にガスが溜まって死んでしまう。それを防ぐために一頭一頭、様子を見て回るのだ。 「 父親は81歳の時もどんなに寒くて、どんなに雨や風が吹いても一日も欠かさず毎日牛を見にいっていました。まだ若かった私にちょっと見てきてくれなんてことは生涯1度もありませんでした。牛飼はそんなに甘いものではないとそうやって教えてくれていたのかもしれません 」 と中山さんは父親をとても尊敬している。

中山さんが育てた 「 長島黒牛 」 は2009年に日本食肉格付協会による格付でこれ以上ない最上級のA5No.12をいただいた。
これは5万頭から10万頭のブランド牛の中から1頭出るぐらいのとても貴重で最高級なもの。中山さんの牛の育て方が一流なのがこれではっきりと覗える。中山亭の店内には中山さんが最高賞を頂いた記念に作った屋久杉でできた黒牛が金メダルを12個首から掛けて堂々と飾ってある。それは自分が手塩を掛けて育てた長島黒牛が認められた証なのだ。
また、中山亭のお客さんの中には有名著名人のお客さんも多い。プロ野球チーム監督や選手、大手大企業の会長、人気アイドルが中山さんの作る長島黒牛に惚れ込む。時には有名人が自分のブログで長島黒牛をUPして紹介してくれたりと、日本全国にファンは多い。

大切にしていることを中山さんに尋ねると、 「 命を頂いて生活をしていることに常に感謝しています 」 と話す。
中山さんは社訓に、 「 命に感謝 」 と掲げている。
父親から教えてもらった命の大切さについては、子供のころから何一つ変わっていない。

中山さんは牛の顔色を見るだけでその牛の体調が解るという。そして、中山牧場で働く従業員は全員丸坊主で誰もタバコを吸わない。坊主頭にしている理由を聞くと、 「 みんなで日本一の牛飼になるんだという意気込みだ 」 と話す。そしてタバコを吸うと、牛が下痢した時の匂いが解らなくなという。その他に徹底していることは挨拶だ。必ず人と会ったら止まって挨拶をするように指導している。動きながら頭を下げるのは会釈になるので挨拶とは違う。中山牧場で働く人達の想いは 「 命に感謝 」 の元で成り立っているのだ。

今後の目標を尋ねると、志布志の人達と協力して志布志牛ブランドを立ち上げることが目標です」と話してくれた。
第一牧場がもうすぐ完成し、来年には第二牧場が完成する予定だ。そして3年後には3600頭規模で走る。
「 長島と比べたら環境が全然違う。これから色々と大変なことが起きると思うが今は楽しくてしょうがない 」 と話す。
志布志で行うことは、全く新しい試みで新しいことをどんどんやっていく。これからの中山さんから目が離せない。

中山さんの名刺には代表取締役とは記載されておらず、 「 牛飼 」 中山高司と書いてある。